中国への幻想
筆者の好きな米国の評論家にジェームズ・マンがいます。彼のシャープな切り口と本のイラストがお気に入りです。本書は2008年の刊行で訳書もありますが、今でもその内容は色褪せていません。
本書は日本にとって重要な国家である米国と中国。とりわけ米国が中国をどうみているかという視点を提供しています。
原著は114ページ程で、内容はそれほど、深く学術的なものではありません。 マンのシナリオは、中国が経済発展し続けるが民主化せずに権威主義体制を維持するという想定を立てています。
この想定の根拠は、およそこれまでの30年間(ニクソン政権から、前ジョージ・W・ブッシュ政権までの)対中政策を考察(事実関係確認)し、 現在のアメリカのエリート層の持つ中国へのイメージを厳しく批判しています。
そのイメージというのは、中国が経済的に発展・繁栄すれば中国の共産党一党支配は終わり、民主化されるというイメージです。これをマンは「幻想」と呼んでいます。
このあたりは、ブルース・ジリーや、ゴードン・チャンの見解(中国崩壊論)への批判であろかと思います。
ここで若干、米国の有名な識者の対中国イメージを整理しておきます。
改革・開放路線を導入した鄧小平氏が1997年に死去して以降、米国の中国研究者は、その後の中国政治の行方をめぐって大まかに3つのシナリオのいずれかの立場をとってきました。
①現体制の崩壊 (ゴードン・チャンなど)
②民主化(ブルース・ジリー、ミンシン・ペイなど)
③共産主義(権威主義)体制の存続(アンドリュー・ J ・ネイサンなど)
事実、中国は発展し富裕層が生まれていますが、彼らは民主化の先頭に立つところか権威主義体制の継続に尽力していると主張します。
その上で、マンは、ある問題提起をしています。中国が民主化するにせよ崩壊によって政治的秩序が混乱するにせよ、それに対する対策(政策)の準備をしているのか。 又、今後、中国が権威主義体制のまま発展しよりパワフルで繁栄した国家になった場合、どう付き合っていくのかなどです。
この問題提起は、大変鋭い指摘であり、また、日本も問われる課題でもあり、なかなか解答を持っている人は少ないだろうと考えます。
そして、中国が経済発展し国際的により超大国になれば、 エンゲージメント政策やインテグレーション戦略(統合戦略)を取るしかないというものの、その具体的内容や誰が(中国の)誰をインテグレーションするのかが、明確でないというこれまでの対中政策の誤りも批判しています。(人権批判の徹底のなさなど)
結局のところ、マンの考えは中国はいずれ軍事的にアメリカに対抗するだろう。そして米国の対中政策の曖昧さ不徹底さを批判し中国が非民主的なのは、中国人にとっても、世界全体にとっても不幸であるというものです。
非常にコンパクトであるゆえ、詳細な分析・検証本でありません。しかし、中国に対するアメリカのイメージや認識が現在の中国の不透明な軍拡など脅威をもたらす可能性を示唆しています。
また、そのことに対するこれまでの対中政策や、今後の中国がいかなる動向になるにせよ、それに対する政策のなさに警鐘を鳴らすものです。
米中関係を考える上では、非常にコンパクトで、読みやすい入門書になっています。 さらに米国のみならず、日本は中国に対してどのような具体的な政策を準備しているのか自問する機会を提供しています。
「反中」といった感情の政治に流されることなく、相手の手法にのることなく内部に大きな不満と矛盾を抱えながらも膨張する中国に対して、イメージ論ではい現実の把握、それに基づく戦略を冷静に議論するときだと思っています。
筆者は「大同小異」の精神ではなく、原理原則が全く異なるという前提で中国を捉えなおす必要性を感じています。
このことが本書の中でマンが最も主張したかったメッセージであると受け取っています。
*本書評は筆者ブログ2007年4月15日の記事を大幅に加筆・修正したものである。