Japan Security Study Group

日本及び海外の専門誌の論考・論文等をテキストにゼミ形式で月に2回、勉強会を実施中しています。


  • The Diplomat

  • The Economist

  • Financial Times

  • Foreign Affairs

  • Foreign Policy

  • Infinity Journal

  • International Security

  • Journal of Cold War Studies

  • Review of International Studies

  • Survival

  • World Politics

  • 海幹校戦略研究

  • 国際問題

  • 国際政治

  • 防衛研究所紀要

  • ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版

  • レファレンス

  • Foresightなど

見学・参加希望の方は「contact」からその旨を記載してご連絡ください。

ヨーロッパ文化政策研究 -イギリスを事例とする理念の検討-

掲載2014月12月24日
執筆Okatairute

 本稿では、ヨーロッパ諸国の文化政策について検討する一環として、イギリスにおける文化政策の現状とそれを取り巻く議論について述べる。

 イギリスにおける政府と文化事業の結びつきは、隣国フランスほど強固ではないが、依然として長い歴史を持ち、今日まで継続している。代表的な事例としては、シェイクスピアも活躍したエリザベス朝演劇における政府の保護・干渉(1)や、近年ではブレア政権下で強力に推し進められたクールブリタニア政策(2)などが挙げられる。

 長い歴史とそれに伴う活動の多様性を有するイギリスの文化政策における大きな特徴は、各機関の自立性・独自性である。イングランド・スコットランド・ウェールズといった主要地域にはそれぞれの独自のArts Councilが存在し、自立した活動を行っている。それらの組織の自立性を支えているのは、「予算は出せど、活動内容については詳細な規定・制約は課さない」というイギリス行政の気風であり、同時に宝くじを中心とした独自財源の存在によるところも大きい。

 上記のような財源の元、それぞれの機関は住民に対して文化を享受できる機会を提供し、アーティストの表現活動を支援するのだが、それに際して重要な問いに直面することとなる。

 すなわち「どのような文化が政府によって保護されるに値するのか」という問題である。 大英帝国の解体後も、旧植民地をはじめとして多様な文化圏からの移民が流入し、イギリス国内社会の多様性・多文化性は否応なく高まっている。そうした状況を踏まえた上で、イギリスの文化政策のあるべき方向性を模索する議論には、大きく分けて二つの方向性が存在している。

 一方には、エリート主義者(elitist)と呼ばれる立場から、イギリスの伝統的な文化を継承・普及させることによって、国内社会の統合を推進し、文化的な分裂を防ぐべし、との意見がある。これは国家の統合、共同体としてのアイデンティティの形成という観点から言っても、政府が働きかける動機の一つとはなり得る。他方で、こうしたエリート主義を批判し、国内文化の多様性を尊重したうえで、政府はそれを支援するべきだという多文化主義者(multiculturalist)の主張も、リベラル層・マイノリティを中心に拡大している。多文化主義の推進は、現代イギリスの重要な指針の一つであるが、文化政策の推進に当たっては、文化の多様性を奨励する政策とはどのようなもの があり得るのか、という手段の検討や、「多様性の推進は、共同体の統合を破壊するのではないか」という理念レベルでの批判など、議論されるべき問題は多い。

 こうした「統合」と「多様性」を巡る葛藤は、移民受け入れによって複数の文化集団を抱えるヨーロッパ諸国に共通の問題であり、同時に「多様」なヨーロッパ諸国の「統合」機関であるEUにおいても絶えず議論され続けてきた問題である。

 「共同体の構成員の間で、いかにして共通のアイデンティティを構築するか」という問題を考えるうえで、行政府による文化活動への働きかけ、すなわち文化政策の果たす役割は大きいと言える。

(1)当時の演劇状況については、「エリザベス朝演劇統制令と公演認可 ―宮廷・枢密院はいかに大衆演劇を保護したか」(太田一昭)や『シェイクスピア・ハンドブック』(河合祥一郎・小林章夫 編集)などを参照

(2)クールブリタニア政策については、『イギリス映画と文化政策 : ブレア政権以降のポリティカル・エコノミー』(河島伸子 編)に詳しい

inserted by FC2 system